2ちゃんねる復活

テレビにニュース速報が入る。
俺は慌ててパソコンを立ち上げ、そして気付く。
「あぁ、2chは閉鎖したんだっけ……」
テレビからは現場の慌しい状況が伝わってくる。
もし2chがあったら、どういうスレが立っているのだろう。
重複スレが沢山できて、それで荒らしとかやってきて……
テレビでは相変わらず、レポーターが必死で現場の状況を伝えている。
可愛いレポーターだ。俺は、頭の中で「萌え〜」というレスをつけている自分を想像した。
後ろの群集がテレビに向かって挑発的なポーズを取っている。
「なんだ、あのドキュソ」
「厨房氏ね」
……俺はたまらなくなり、無いとは分かっていながら再び2chにアクセスした。
しかし、画面には一言「閉鎖したのです。。。」とだけしか表示されない。
何度リロードしても変わらない。あの日以来、2chは止まったのだ。
どうやら犯人が逮捕されたようだ。相変わらず可愛いレポーターがその状況を伝えている。
「さよなら、にちゃんねる」
俺はお気に入りから2chを削除し、そして騒がしいニュースを冷めた目で見るのであった。

2ちゃんねる復活!」
俺はちょっとした友人からその事を聞いた。
まさか! 俺ははやる気持ちを抑え、PCの電源を入れるや否や
目的のアドレスへと飛んだ。
あの夏から一体どれくらいの時間が流れたんだろう。
もう二度と蘇ることはないと思っていたあの頃を懐かしみながら
検索にかけてみると……あった! 本当にあった! 万歳! 
2chが復活したんだ! 
俺は迷うことなくニュース速報板へと駆け込んだ。そう、あの時俺が
一番好きだった板へ。またみんなに……みんなに会えるんだ!
だが、その思いは一瞬にして打ち砕かれた。立ち並んでいたのは
醜悪なスレの数々だったのだ。

「韓国の皆さん!仲良くしましょうpart22(128)」
「田島陽子先生がんばって!(255)」
「ゴローちゃん復帰を応援するスレ part51(232)」

そう、新生2chは日本一の超健全サイトへと生まれ変わってい
たのだった。経営陣も一新され、後に聞いた話では、ひろゆき
普通のサラリーマンとして暮らしているらしい。
2chの名の元に交わされる退屈な話題と馴れ合いの言葉。
そこには思い出の欠片さえ残ってはいなかった。
刹那、俺は抑えていた気持ちを吐き出すように書き込んだ。
「逝ってよし!」
オマエモナー」
「(゚Д゚)ハァ? 」
周りの反応は冷ややかだった。いや、冷ややかどころか何の返答も
なかったのだった。誰にも理解されないまま、俺はその場所を
立ち去るしかなかった。もう、俺の居場所はどこにもないのかもしれない。
長い冬は、まだ始まったばかりだった……。

あれから2年が過ぎた。
俺は家業の酒屋を継ぎ、分相応な女性と結婚した。子供も二人いる。
ささやかな、でも不満のない日々を送っているのだった。
昔程にパソコンを立ち上げる機会は減った。
俺にとってネット=過去の2CHだったのだから、良識ある人々が集う退屈極まりない現在の2CHには何の興味も起きないのだった。
俺の青春は誹謗と抽象に塗れた過去の2CHと共にあった。
そして、青春も2CHも二度と戻ってはこないと思っていた。
そう、一通のメールが届くまでは。

メールの内容は出会いを求める人々云々という、よくあるくだらない広告メールだった。
だが、そこに書かれた一文は、俺の平穏とした心を掻き乱すには充分すぎる衝撃を有していた。

『あの裏2ちゃんねるでも話題沸騰!嘘だと思うなら実際に裏2ちゃんねるにアクセスしてみて!』

2ちゃんねる……当時、初心者を騙す手段として利用された手だ。
実際にはそんなものなどなかったのだが、汚れ無き者たちは率先して(そして純真に)言われるがままに書き込みをし、自分のIPを晒していた。
瞬時に当時を思い起こした俺は懐かしさに急かされながら、そのメールに書かれた裏2CHのURLにアクセスした。
そのURLは実在した。
そして、確かに『裏2ちゃんねるへようこそ!』という見出しが出ていた。
俺は妻の夕食を告げる声を無視し、『入り口』をクリックした。
すると、警告音と共に暗証番号を入力して下さいというダイアルボックスが出現した。
「真の2ちゃん住民であったおまいらなら、裏2ちゃんの行き方くらいわかる罠」

間違いない!! これは紛れもなく『あの』2CHだ! 
入力画面の下に記された懐かしい文章を何度も読みながら、俺は声を出して泣いた。
裏2ちゃんの行き方? わかるさ。当然だ。俺は震える手で入力した。
fusianasan
ENTERキーを押すと同時に、そこには当時のままの板があった。
昔の仲間に会うべく、俺はニュース速報版に行った。

「おまいらの考えた差別用語(362)」
「ネット犯罪のイロハPart12(866)」
「加害者マンセースレPart27(189)」

俺は顔を伝い落ちる涙を拭いながら、適当なスレッドにこう書き込んだ。

「>>1は厨房。逝ってよし!」